出社してホワイトボードを見たら、同僚のA画伯が満開の桜を描いていた。

 

 

ボ ル 「おっ、見事な桜やね!」

A画伯 「感心するのは早いです」

ボ ル 「うん?」

A画伯 「これから毎日、桜が散っていきますから・・・」

ボ ル 「えっ?」

A画伯 「名残を惜しみながら毎朝眺めて下さい」

 

芸が細かい!

来週の楽しみが増えました(^∇^)

月に一度の勉強会に参加させて頂いているが、会員のお二人が続けて奥さまを亡くされた。西洋のことわざだと教わった言葉を思い出す。

 

「幸せの音」

 

人生にとって幸福な音が三つある。

一、夫が家にいて、静かに本を読んでページをめくる音。

二、その傍らに妻がいて、何かを作っている音。

三、その夫婦の側で、子供が元気に遊び戯れている音。

 

お二人ともそういう家庭を築き上げ、十分に幸せの音を聞いてこられたものと思う。合掌。

 

楽譜にはいろんな記号が記されているが、その中の一つに「フェルマータ」がある。

 

 

【デジタル大辞泉】

フェルマータ(〈イタリア〉fermata)

楽譜で音符または休符につける記号。適当な長さに延ばして演奏する。延長記号。

 

こんなに簡潔には説明できないが、まぁ、そういう意味かなと思ってきた。ところが、日曜礼拝の後、オルガンを弾いておられた牧師さんの弟さんから、「フェルマータは元々終わりを示す記号でした」という意外なお話を聞いた。

 

弟さんのお話をまとめると、「大きな教会で讃美歌を歌うと、最前列と最後列で歌っている箇所にズレが発生してしまうことがあった。そこで、フレーズの終わりにフェルマータという終わりの記号を付け、全員がフレーズの終わりを確認できたところで、同時に次のフレーズに入れるようにした。それが長い年月を経て、伸ばすという意味に拡大したのだと思う」とのことだ。

 

全く想像もしていなかった話なので実に意外ではあったが、フェルマータのところで少し遅れて歌っている信者さんを待っていたのだと考えると、心がほのぼのしてきて温かい気持ちになった。最近は政治の世界でも経済の世界でも、何か「待ったなし」という慌ただしさを感じさせられることが多いが、親が子供の成長を待つような、そんな寛大さがあっても良いのかなと思った。