五木寛之さんと佐藤 優さんの対談集。博識、博学とはこういう方々のことをいうのだろう。ページをめくる度に私が知らなかった史実や、なるほどと思える考え方が出てきたので途中で止められず、一気に読んだ。



最初に驚いたのは、「二・二六事件」のあった昭和11年(1936年)に関する佐藤さんの解説。私たちは「二・二六事件」を歴史に残る大事件として習い、認識もしているが、この年、もっと大きく報じられたのは「上野動物園の黒豹脱走事件」と「阿部定事件」(殺した男の局部を切り取り、それを逮捕されるまで持ち歩いた女性の事件)だったらしい。戦争に向かい始めていた頃なのに、世の中は未だどこかノンビリとしていたのだ。


次に驚いたのは五木さんが「昭和16年(1941年)に日米戦争が始まっても、暗い雰囲気はなかった。アメリカと戦争をして勝てるわけがない、日本もこれで終わりだ、と考える人は普通の一般市民の中にはいなかった」と言っておられることだ。実際、昭和19年(1944年)11月頃からB29が本土の空襲が始まっても、それが軍事目標を対象としていた間は、民間人の間に大きな切迫感はなかったらしい。それを一変させたのは、一晩で10万人が亡くなったという、町の真ん中が無差別に爆撃された昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲だという。実際に住む家が燃え崩れ、身近な人が亡くなるまで戦争を実感することは難しいということか。


五木さんは更に「今の世界は、歴史が音を立てて戦前・戦中に逆行しているように感じ、何かとんでもない世の中になりつつあるような気がしてならない」とおっしゃっているし、佐藤さんはそれを受け、「人間の心理には異常な状況に直面してもそれが正常の範囲内だと思い込む『正常性バイアス』が働くので、実際は世界が帝国主義化に向かっているのに、それになかなか気付かない」と述べておられる。


アメリカやロシアの帝国主義化が感じられ、日本にも戦前・戦中の日本国民と同じような高揚感が広まっているのではとお二人は心配されているが、五木さんは「新聞を読んでいても、毎日のように自分の予想が裏切られることばかり続く。自分なりに情報は持っていても、それは世界のほんの一部に過ぎないし、それでこの複雑な世界を予測してはいけないような気がする」とおっしゃる。これが妙に説得力のある発言で、だからこそタイトルの「一寸先は闇」、「わからない」という覚悟。になったのだろう。大いに考えさせられた。