朴 令鈴さんから「チェンバロ・リサイタル」のご案内を頂いた。令鈴さんはピアニストだが、昨年12月には新国立劇場で上演されたオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」のオーケストラでチェンバロを演奏されているし、何年か前にはオペラシティの近江楽堂でもバイオリニストや歌手の方々とのコンサートでチェンバロを弾いておられる。しかし、チェンバロのみの演奏というのは初めてなので、どのようなコンサートになるのだろうかと興味津々で会場へと急いだ。
チェンバロの音色を聴いて不思議に思うのは、300年、400年前の時代にタイムスリップするかのような感覚になることだ。ピアノやバイオリンの演奏を聴いてもそういう感覚にはならないのだが、チェンバロの演奏を聴くと、ひょっとしたら私にも輪廻転生の過去があり、前世でチェンバロを聴いていたのかなという気持ちになる。
チェンバロには何故か、そういう歴史を感じさせる響きがある。そう言えば以前、チェンバロを弾くマリー・アントワネットを描いた絵を見たことがある。時代の波に翻弄され、決して思い通りにはならなかった短い人生だったと思うが、チェンバロの音色を楽しむひとときもあったのかなと思うと、少しは救われた気持ちになる。
そんなことを思いながら、令鈴さんのチェンバロを聴き始めたから、最初のイタリアの作曲家、ジョヴァンニ・ピッキの「チェンバロ用舞曲のタブラチュア集(1619)」から選ばれた2曲の演奏が始まるや否やタイプスリップしてしまい、ロミオとジュリエットが出て来そうな気配まで感じてしまった(笑) 次のイギリスの作曲家、ウィリアム・バードの「ネヴィル夫人の音楽帳(1591)」から2曲の演奏が始まると、今度は大きな屋敷の大広間でチェンバロの演奏を聴いている英国貴族のような気分になった(笑)
チェンバロは伊藤ハープシコード工房さんが制作、提供されたもので、響板には花や鳥が描かれ、見るだけで豊かな気持ちになれた。チェンバロはその後に出てきたピアノに比べると奏者も愛好者も少ないのかなと思うが、是非、残してほしい楽器だ。

