大学時代、一緒にラグビーに励んだM柴の奥さまが書の個展を開かれたらしい。その写真が送られてきたが、見事な作品ばかりだ。その中に同志社の校祖、新島襄先生が詠まれた「庭上一寒梅」という詩があった。



新島先生は「寒梅」の詩を二つ残しておられるそうだ。その一つ。

 

真理似寒梅

敢侵風雪開

 

真理は寒梅に似たり

敢えて風雪を侵して開く

 

同志社で学び、日銀総裁となった深井英五への色紙に新島先生が記された詩とのこと。京都の地で多くの抵抗に遭いながらも同志社創立を成し遂げた新島先生の強い意志と、風雪に耐えた後に美しく花開く寒梅とが見事に重なる。そして、もう一つが「庭上一寒梅」という詩だ。

 

庭上一寒梅

笑侵風雪開

不争又不力

自占百花魁

 

庭上の一寒梅

笑うて風雪を侵して開く

争わず又力めず(つとめず)

自ずから占む百花の魁(さきがけ)

 

募金集めに奔走し、その過労が原因で倒れてしまった新島先生が大磯の百足屋旅館で静養中に詠まれた詩。深井英五に贈られた漢詩に比べると、少し肩の力が抜け、庭に咲いた寒梅を微笑みながら眺めておられるようにも思える。やるべきことはやった、という新島先生のお気持ちが込められていたのだろうか。

 

私は同志社で学ぶ機会を与えられ、その同志社でラグビーに出会い、その後の人生が大きく開けたと思っている。それを思い出させてくれたM柴の奥さまに感謝。