後任が決まったので、その紹介と引継ぎを兼ね、お取引先への挨拶回りを始めた。最初に伺ったお取引先で「今年70才になりますので、ついに追い出されることになりました」とご挨拶すると、「いよいよご卒業ですか」と返された。「はい、よくぞ、この歳まで働かせて貰えたものと感謝しています」と答えたが、「卒業」という言葉に違和感が残った。
ハッピー・リタイアメントという言葉がある。AIによると「定年前に老後の資金を確保して退職し、悠々自適の生活を送ること」ということらしい。そう言われると、あくせく働き続けるのはアンハッピーなのかと尋ねたくなるが、私は生来の貧乏性のせいか、もう少し働きたいという気持ちが強い。
AIによると、「卒業」とは所定の学業課程を修了することらしい。なるほど、私が小学校から大学まで無事に卒業できたのは、各々の課程を学び終えたからだろう。しかし、社会に出て働き始め、何か有益なものを提供し、その対価を貰うことで生活を維持してきた「社会人」に卒業があって良いのだろうか。
(ラグビーからも多くを教わった)
私は仕事を通して多くのことを学んできたし、今も学び終えたという実感など全くない。もっと学びたいし、社会がどのように変化していくのかを感じられる場に身を置いておきたいと切に思う。
