「常識」とは「一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに、理解力・判断力・思慮分別などを含む」ということらしい。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言が問題になっているが、これが明治、大正、戦前の昭和の時代なら、ここまで大きな騒動にはならなかったように思う。すなわち、時代の変化と共に人の考え方も変わり、結果として常識が変化して行くからだろう。それに気付かず、古い時代の常識を持ったままでいると「非常識」になってしまう。
心から尊敬している人の中にも、女性蔑視の人がいるし、在日韓国人のことを悪く言う人もいる。残念に思うが、生きてきた時代が異なるから、女性蔑視の人は物凄く優秀で責任感も強い女性と仕事をされた経験がないのだろう。在日韓国人のことを悪く言う人は、また会いたくなる在日韓国人のお友だちがいない人だろう。
かく言う私も、私が生きてきた時代では常識人だったから、大きな批判を受けたりトラブルを起こしたりすることはなかったが、激変する世の中で常識が変わって行けば「非常識」になる危険性がある。そう自覚したら謙虚にならざるを得ないし、いよいよ新しい常識に付いて行けなくなれば引退、隠居するしかないのかなと思う。
