84才にして三遊亭遊三の落語教室で古典落語を学び始められたKさんが高座に上がられると知り、会場の東海道かわさき宿交流館へと向かった。Kさんは同じ勉強会で親しくお付き合い下さっている大学の先輩だが、溢れんばかりの好奇心と、こうと決めたら迷いのない行動力には頭が下がる。
Kさんの高座はなかなかのもので、先ずはその記憶力に感心した。物語の展開と登場人物の台詞、笑いを取る場面とその仕込みが始まるタイミング、そういうものを全て記憶していないと話にならない。更には、誰の助けも借りず、一人でその時間とお客さんをリードしていくのだから、心の余裕なしにはできない芸当だと思った。
以前、何かの記事で柳家小さん師匠が「落語も人間関係も間が大事。それが分からん奴を間抜けと言う」みたいなことをおっしゃっていたように思うが、それを改めて感じる時間にもなった。間があるから理解が追い付いたり、可笑しさが凝縮されたりするのだろう。
もう一つ、落語には複数の人物が登場するが、声音や向きを変えるというよりは、全く別の人格になれるかどうかが落語には大事な能力なのかなと思った。それができる人は、多分、感情の量が多く、又、その種類も豊富な人のように思う。
