カルロス・ゴーンさんの逃亡にも驚いた。
以前、プレイリーという日産の車に乗っていたことがある。たまたまエンジンの調子が悪くて近くのショールームを訪れたら、ちゃんと話を聞いてもらえず、買い替え時期でしょう、という素っ気ない対応を受けた。大事に乗っていた車だったので、その対応に失望し、2度と日産の車には乗らないと決めた。
そんな経験から、日産には関心がなくなり、業績が悪いのも当然だろう位に考えていたから、ゴーンさんがやって来て日産を立て直したことには正直驚いた。凄まじいコストカットがあったのだろうが、出ていくお金を抑えても入ってくるお金が増えないと業績は良くならない。すなわち、日産が甦ったのは売れる車が出てきたからだし、ゴーンさんがそういう力を日産から引き出したのだと思う。
そういうゴーンさんには、是非、日本の法廷で思う存分主張し、戦って欲しいと願っていたが、経営哲学のみならず人生哲学も一般の日本人とは異なるものをお持ちだったということか。平穏な人生を歩んできた私だから偉そうには言えないが、何か試合放棄のような後味の悪さを感じている。
一方の日産だが、これからどうなるんだろう。自動車業界も二極化が進み、稀少価値のある高級車メーカーと、大量生産される大衆車メーカーに分かれてきたように見える。そういう意味では、日産は大衆車メーカーだと思うし、量産によるコストダウンや開発費をシェアできる同業との合併やグループ化を考えるのは当然のように思う。
個人も法人も、決断し行動したことがその後の人生や歴史を作っていくのだと思うから、裁判の結果なんかより両者の今後に興味がある。
