頂いた年賀状に、裏千家の家元、千宗室さんの講演を聞いたという方がこんなことを書いておられた。
「有難うの反対はなんでしょう、との(千宗室さんからの)問いに即答できませんでした。それは『当たり前』なんだそうです。」
なかなか奥の深い言葉だ。例えば、電車の中で席を譲られたとする。それを当たり前のことだと思っていたら「ありがとう」の言葉は出て来ない。しかし、席を譲られるのはなかなか無いことだと思っていたら、自然に「ありがとう」の一言が出てくるだろう。当たり前ではなく、有り難いことだから「ありがとう」・・なるほど、説得力がある。
ただ、どこまでが当たり前で、どこからが有り難いことなのか、その境目は人によって違うだろうから、ちょっとややこしい。例えば、席を譲るのは有り難いことだと思っている人が席を譲り、しかし、譲られた側がそれは当たり前だと思っていたら礼を言わないから、譲った人は不満に思うかも知れない。
そんなことを考えると、大人としてカッコいいのは、自分が何か回りのためにやるときは「当たり前」、しかし、回りの方が何かして下さった場合は「有り難い」・・そういう気持ちでいることか。まぁ、席を譲る譲らないで考えるなら、ずっと立ったままでいるのが一番カッコいいけど(笑)