幾松でお土産を頂いた。帰宅して開けてみると、五箇条の御誓文が書かれた湯呑みが出てきた。


ブリタニカ国際大百科事典によると、五箇条の御誓文とは慶應4年(1868年)3月14日、天皇が天地の神々に誓うという形式で示された明治新政府の基本方針とのこと。その内容は・・


一、広ク会議ヲ興シ、万機公論ニ決スヘシ。

一、上下心ヲ一ニシテ、盛ニ経綸ヲ行フヘシ。

一、官武一途庶民ニ至ル迄、各其志ヲ遂ケ、人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス。

一、旧来ノ陋習ヲ破リ、天地ノ公道ニ基クヘシ。

一、知識ヲ世界ニ求メ、大ニ皇基ヲ振起スヘシ。


正確な意味まで分からずとも、新しい時代を迎えた躍動感や意気込みが伝わってくるようだ。


 

驚いたのは、五箇条の御誓文を起草した由利公正は当時39才、修正したという福岡孝弟は33才、そして訂正を加えて完成させた木戸孝允は35才という若さだ。その年代に私は何をしていたのかと思い出すと、自分のことが恥ずかしくなってしまう。


しかし、当時の平均寿命が50才なら、彼らの年令は今で言うと53才から63才位だ。まだ間に合う。衆議院も解散することだし、真面目に日本という国のことを考えて見ようかと思う。