ラグビーを14歳で始め、35歳でアキレス腱を切るまで現役選手でプレーしたが、スクラムを最前列で組むフロント・ローにだけはなりたくなかった。あれは普通の人間に務まるポジションではない。もう一つ、ポジションではないが、ラグビーのレフェリーにもなりたいとは思わなかった。
ラグビーは総勢30名の選手が熱くなってプレーする競技で、その興奮は観客にも伝わる。だから、微妙な判定は15名の選手とそのチームを応援する観客の反感や落胆を招くことがある。そういう微妙な判定は当然両チームにあるから、下手をすると選手全員と観客全員から批判や非難を受けることになる。レフェリーは全く割りに合わない仕事なのだ。
そういう割りに合わない仕事を黙々とこなしてこられた元A級レフェリー、Sさんと菅平のペンションで一緒になった。Sさんは先日の第100回慶応義塾・同志社ラグビー定期戦のOB戦で笛を吹いて下さっているから、そのお礼を申し上げ、併せてあの日の再会から私たちの卒業年度では同志社・慶応合同の同期会を9月に開くことになったとお伝えした。Sさんはそれを聞くと「ラグビーって本当に素敵なスポーツですよね」と喜んで下さったから、Sさんもラグビーとラガーが大好きな方なのだ。
Sさんにはいろんな質問をさせて頂いたが、思い切って「判定に迷うことがありますか?」と単刀直入にお伺いしたところ、意外にも即座に「あります」と答えられ、その後、具体的な例や先輩レフェリーから得られた助言など詳しく説明下さった。レフェリーの難しさや辛さが良く理解できたが、それ以上に、Sさんの真面目なお人柄が良く分かったように思う。
レフェリーの笛は30人のプレーヤーとゲームの展開に大きな影響を与える。実に重い責任だが、レフェリーは一人で決断を重ねていかないといけない。そういう意味では、熟知しているルールに従い反則を取れば良いという仕事ではなく、公正であることは当然としても、選手たちにとってはやり甲斐があり、観る人にとっては見応えのあるゲームにすべく、ゲームの流れや選手たちのプレーをマネジメントするのがレフェリーの役割なんだろう。企業なら経営者で、高い志が必要なんだと思った。
