駅に着いたら、電車が扉を開けたまま停まっている。アナウンスによれば、前を行く電車との間隔を空けるための時間調整とのこと。ならば、乗せて貰おうと扉に向かったら、男性が一人、女性が一人、戸口に立ちはだかっていて中に入れない。
どうしたものかと思い一瞬ひるんだら、それに気付いた男性が後ろを確認して一歩下がってくれたので、その男性の前に乗車することができた。その後、私に続くように、もう一人の男性が乗車しようと近付いてきた。今度は女性の方が一歩下がるのかなと思っていたのだが、全くその気配がない。そこで、私が後ろを見て少し頭を下げ、一歩奥に入ることにした。
窮屈な思いをして通勤電車に乗っていると、お願い、もう乗って来ないで、乗るなら別の扉からどうぞ、もう身動きが取れないので早く発車して、と思うときが確かにある。だから、女性のことを批判などできないのだが、これから電車に乗り込みたい立場としては非常に冷たく、思い遣りに欠けるように見えた。
たかが通勤電車での出来事だが、既に電車に乗っている立場と、これから乗り込もうとする立場では感じ方が違うのだから、ひょっとすると移民や難民の受け容れの難しさも原理は同じなのかなと思った。時には電車に乗り込みたい立場から扉を見る必要があるのかも知れない。
