中学1年生の時に担任だったB先生は、大学を卒業されたばかりの青年教師で、関西人の我々からすると耳に新鮮な標準語を話されるカッコイイ先生だった。微笑みを絶やさず、私たちの話を聞くときは目を真正面から見詰め、折りあるごとに嗜んでおられた和歌をハガキに書いては下さった。
 
36才のとき、たまたま京都に帰省してラグビーのゲームに出場し、アキレス腱を切ってしまった私はそのまま京都の病院で手術を受け、入院してしまったのだが、どこかでその噂を耳にされたのか、B先生がひょっこりお見舞いに来て下さった。暇を持て余していた私はこれ幸いとB先生相手に喋り続けたような記憶がある。
 
それから暫くして、B先生は病に倒れ、帰らぬ人になってしまわれた。年賀状のやり取りこそあったが、全くそのようなことは書いておられず、ついに一度もお見舞いに伺わなかったばかりか、告別式にも行かずじまいで本当に申し訳ないことをしてしまった。最後まで私は子どもで、B先生はそれを気遣える優しい大人だったのだと思う。
 
そのB先生の奥様が、昨日、中学1年生のときのクラス写真を送ってきて下さった。前列中央がB先生、私は最後列の向かって右から3人目だ。以前は、大事な人は亡くなっても「心の中に生き続ける」と言われても実感が湧かなかったが、最近はそれが良く分かる。私が記憶するB先生の年齢を既に超えているのだから、私も優しい大人になろうと思う。