名前は知っていても、どんな人生だったかは良く知らない。そういう歴史上の人物が私には何人もいるが、マリー・アントワネットもその一人だ。「フランス王ルイ16世のお妃で、フランス革命の最中に処刑された」・・・そんな一行にも満たない説明しかできない遠い存在だった。

 

しかし、マリー・アントワネット展をゆっくり観て回り、彼女や彼女の子供たちの肖像画、彼女が手にしたであろう食器や化粧道具、そして、処刑の日に彼女が履いていたとされる靴まで見て、その距離が縮まったように思う。生きた時代は違っても、彼女も私たちと同じ人間で、喜んだり悲しんだり、怒ったり嘆いたりしながら思い通りにならない人生を精一杯生きたのだと思う。

 

 

チェンバロを弾く嫁入り前のマリー・アントワネット。音楽が好きで、生まれ育ったウィーンではオペラ観賞もしていたとか。お転婆な一面もあり、ルイ16世と結婚してからは窮屈な宮廷での生活に反発し、乗馬で出掛けることも多かったとか。

 

 

最初の子供、マリー=テレーズ・シャルロット(左)とその3年後に誕生したルイ・ジョセフ王太子(右)。マリー=テレーズ・シャルロットはフランス革命を生き抜き、アングレーム公爵夫人となるが、ルイ・ジョセフ王太子は8才のときに病死してしまう。

 

幼い子供たちの肖像画を観ていると、マリー・アントワネットも一人の母で、ルイ・ジョセフ王太子を亡くしたときには深い悲しみに沈み、又、処刑台に向かうときには残して行くマリー=テレーズ・シャルロットたちのことを思い、さぞかし苦しくやるせない思いをしたことと思う。

 

 

宮殿で暮らし、最後は監獄で過ごした彼女だが、考えてみれば、どんなに華やかだったにしても宮殿で暮らす彼女に自由はなく、幽閉されていたようなものかなと思う。金銀財宝には無縁でも私たちにはどこにでも行ける自由がある。それを最後に思い出し、展示会を後にした。