父が亡くなったとき、「これをお棺に」とコーヒー豆を持って来て下さった方がいる。父がしょっちゅうコーヒーを飲みに行っていた喫茶店のマスター、伍郎さんだ。その気持ちが嬉しくて、頂いたコーヒー豆を泣きながら父の枕元に置いたことを覚えている。

 

その後も京都に行くと、ときどき伍郎さんのお店にお邪魔していたのだが、一昨年の年末にコーヒーを飲みに言き、「お正月はオフクロの作ったおせち料理を食べるのが楽しみやったんですけどね・・」と言ったら、「今うちの嫁はん、おせち料理作ってるで。味見して行くか?」と尋ねられた。「いやいや、そんなご迷惑は掛けられませんよ」と答えようとしたのだが、その前に、口が勝手に「今すぐ伺います」と答えてしまっていた。食べる話になると、私の脳は口を制御できなくなるようだ(笑)

 

奥さんもびっくりされたことと思うが、快く迎えて下さり、早速、おせち料理の味見をさせて下さった。丹波の黒豆、田作り、なます、数の子、そして栗きんとん。どれもこれも美味しくて、味見の筈がお代わりまで頂き、大変幸せなひとときを過ごさせて頂いた。もうお邪魔することもないだろうと厚かましくなれたのだが、どうやら私が連発する「美味しい」が多少好感度を上げたのか、「来年も来ていいよ」ということになった。 

 

 

昨年末にも厚かましくお邪魔し、おせち料理の味見をさせてもらったが、今回は大好物の「棒鱈」と「海老芋」まで準備下さっていた。母が健在の頃、最も楽しみにしていたおせち料理だ。早速頂くと、独特の歯応えのある棒鱈と滑らかな食感の海老芋が懐かしく甦り、馬鹿の一つ覚えのように「美味しい」を連発することになった。伍郎さん、奥さん、ありがとうございました!

 

巷では、京都には裏表があり、「お茶でもどうですか?」と言われて家に上がり込んだら田舎者と馬鹿にされる、と言われるが、私は京都を離れて40年の田舎者だと居直れる(笑) それより、私には「味見でも」とさりげなく誘って下さる伍郎さんの心遣いが細やかで素晴らしいと思う。