杉並区にある大宮前教会が創立80周年を祝うコンサートを催され、これに私の所属する男声讃美歌研究会が出演することとなった。

何ヶ月も練習してきた讃美歌やグレゴリオ聖歌を演奏したが、普段練習している音楽室と違い、 教会の中だと背筋がスッと伸びるような気がした。又、合唱を聴いておられる信者さんたちの表情が柔らかで微笑んでおられるように見え、とても気持ち良く歌わせて頂いた。
信者さんの中に盲目の女性が居られ、その方が「語り」をされた。あまんきみこさん作「お母さんの目」という作品だったが、子供とお母さんがまさに目の前で会話しているかのような臨場感があり、又、各々の声に込められた豊かな感情が伝わってきて、すっかり聴き入ってしまった。
その女性が「語り」のあと少し話をされた。6才のとき病気により一晩で視力を失ってしまったこと、「語り」と出会い、さまざまな情景が心に浮かぶようになったこと、そして、色鉛筆やクレヨンで絵を描くことはできないが、いろんな話や音や音楽から心の中に絵を描くことができるようになったこと。不平不満の多い自分が恥ずかしくなるお話だった。
その後、もう一度、私たちの演奏があったのだが、その女性が最前列に座り、私たちの方に顔を向けておられるのが見えた。私たちの歌を聴いて、どんな絵を心の中で描かれたのだろう。

何ヶ月も練習してきた讃美歌やグレゴリオ聖歌を演奏したが、普段練習している音楽室と違い、 教会の中だと背筋がスッと伸びるような気がした。又、合唱を聴いておられる信者さんたちの表情が柔らかで微笑んでおられるように見え、とても気持ち良く歌わせて頂いた。
信者さんの中に盲目の女性が居られ、その方が「語り」をされた。あまんきみこさん作「お母さんの目」という作品だったが、子供とお母さんがまさに目の前で会話しているかのような臨場感があり、又、各々の声に込められた豊かな感情が伝わってきて、すっかり聴き入ってしまった。
その女性が「語り」のあと少し話をされた。6才のとき病気により一晩で視力を失ってしまったこと、「語り」と出会い、さまざまな情景が心に浮かぶようになったこと、そして、色鉛筆やクレヨンで絵を描くことはできないが、いろんな話や音や音楽から心の中に絵を描くことができるようになったこと。不平不満の多い自分が恥ずかしくなるお話だった。
その後、もう一度、私たちの演奏があったのだが、その女性が最前列に座り、私たちの方に顔を向けておられるのが見えた。私たちの歌を聴いて、どんな絵を心の中で描かれたのだろう。