「ヴァイオリニストとして世界の檜舞台を駆け巡り、指揮者としての活動も注目される、現在41歳ながら、既に《今世紀の巨匠》と称される偉大な音楽家」(パンフレットより)

16歳のとき、カール・フレッシュ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、天才少年ヴェンゲーロフの名が世界中に知れ渡ったとのこと。ヴァイオリンの技術については既に習得済みと考えたヴェンゲーロフは、その後、誰からもヴァイオリンのレッスンや助言を受けず、自分が目指す音楽家としての道を歩み始めたとか。やはり、天才なのだろう。
ヴェンゲーロフの初の海外ツアーは日本で、彼が13歳のとき、母親と指揮者、バイオリンの指導者、そしてKGB(ソ連国家保安委員会の情報機関)と共にやってきたらしい。当時はソ連政府がヴェンゲーロフの活動を全て管理し、彼は外貨獲得のための国家音楽家として日本に派遣されたのだ。ヴェンゲーロフは40日間の間に12回のコンサートをこなし、日本の音楽ファンを驚愕させたとあるが、彼と母親が受け取った褒美は僅か300米ドルだったとか。時代を感じさせる話だ。
演奏はベートーベン作曲「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」だったが、とにかく、聴き惚れてしまった。他に言いようがない。こんな例えはヴェンゲーロフに失礼かも知れないが、レーサーに例えればメルセデスベンツの5000cc級の大型車を静かに滑らかに走らせたかと思いきや、次の瞬間にはエンジンを高速回転させてハイウェイを疾走させ、又、次の瞬間には曲がりくねった山道を正確なコーナーリングで無駄なく駆け抜けるという、バイオリンを自由自在に操るF1レーサーという感じだろうか。どの瞬間にも余裕があり、バイオリンと一体というより、その音楽の中に完全に溶け込んでいるように思えた。
途切れないアンコールの拍手に応え、彼が最期に弾いたのはラフマニノフの「ヴォカリーズ」だったが、心にしみ入る演奏で、ずっと目を閉じたまま聴いた。演奏終了と共に深い溜め息が出たが、彼はどんな情景を思い浮かべながら弾いたのだろうとふと思った。

16歳のとき、カール・フレッシュ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、天才少年ヴェンゲーロフの名が世界中に知れ渡ったとのこと。ヴァイオリンの技術については既に習得済みと考えたヴェンゲーロフは、その後、誰からもヴァイオリンのレッスンや助言を受けず、自分が目指す音楽家としての道を歩み始めたとか。やはり、天才なのだろう。
ヴェンゲーロフの初の海外ツアーは日本で、彼が13歳のとき、母親と指揮者、バイオリンの指導者、そしてKGB(ソ連国家保安委員会の情報機関)と共にやってきたらしい。当時はソ連政府がヴェンゲーロフの活動を全て管理し、彼は外貨獲得のための国家音楽家として日本に派遣されたのだ。ヴェンゲーロフは40日間の間に12回のコンサートをこなし、日本の音楽ファンを驚愕させたとあるが、彼と母親が受け取った褒美は僅か300米ドルだったとか。時代を感じさせる話だ。
演奏はベートーベン作曲「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61」だったが、とにかく、聴き惚れてしまった。他に言いようがない。こんな例えはヴェンゲーロフに失礼かも知れないが、レーサーに例えればメルセデスベンツの5000cc級の大型車を静かに滑らかに走らせたかと思いきや、次の瞬間にはエンジンを高速回転させてハイウェイを疾走させ、又、次の瞬間には曲がりくねった山道を正確なコーナーリングで無駄なく駆け抜けるという、バイオリンを自由自在に操るF1レーサーという感じだろうか。どの瞬間にも余裕があり、バイオリンと一体というより、その音楽の中に完全に溶け込んでいるように思えた。
途切れないアンコールの拍手に応え、彼が最期に弾いたのはラフマニノフの「ヴォカリーズ」だったが、心にしみ入る演奏で、ずっと目を閉じたまま聴いた。演奏終了と共に深い溜め息が出たが、彼はどんな情景を思い浮かべながら弾いたのだろうとふと思った。