義理のお母さんはお寺さんの娘で、子供の頃、厳しく躾けられたとか。そのせいか、いつも姿勢が良く、長く正座されても平気な顔をされていたし、周りの人には礼儀正しく親切で、家の近くにある養護学校のお手伝いも長年しておられた。
そのお義母さんが亡くなられ、遺品を整理していたら、小学生時代に貰われた成績優秀の賞状や級長の任命書、お花やお茶の免状やお習字の作品がたくさん出て来た。子供の頃から責任感が強く、又、負けず嫌いでもあったのだろう。
ちょっと感心したのは、75歳でお習字を始め、76歳で初段、78歳で二段の免状を取っておられることだ。又、73歳のときに「ちぎり絵」も始めておられ、あちらこちらに額に入れた作品をプレゼントしておられた。お義母さんは新しいことへのチャレンジ精神も旺盛だったのだ。

何も知らなかった私は「還暦を迎えても未だ新しいことに挑戦しています」などと偉そうに言ってきたが、こんな身近なところに強力なライバルがおられたとは・・・。お義母さんはラグビーをしていた私のことをドラ息子ならぬ「ドロ(泥)息子」と呼んでおられたが、ラグビー以外にもたくさん趣味があることをいずれお見せしたいと思う。合掌。
そのお義母さんが亡くなられ、遺品を整理していたら、小学生時代に貰われた成績優秀の賞状や級長の任命書、お花やお茶の免状やお習字の作品がたくさん出て来た。子供の頃から責任感が強く、又、負けず嫌いでもあったのだろう。
ちょっと感心したのは、75歳でお習字を始め、76歳で初段、78歳で二段の免状を取っておられることだ。又、73歳のときに「ちぎり絵」も始めておられ、あちらこちらに額に入れた作品をプレゼントしておられた。お義母さんは新しいことへのチャレンジ精神も旺盛だったのだ。

何も知らなかった私は「還暦を迎えても未だ新しいことに挑戦しています」などと偉そうに言ってきたが、こんな身近なところに強力なライバルがおられたとは・・・。お義母さんはラグビーをしていた私のことをドラ息子ならぬ「ドロ(泥)息子」と呼んでおられたが、ラグビー以外にもたくさん趣味があることをいずれお見せしたいと思う。合掌。