樋口清之著「関東人と関西人」を読んだ。

関東人と関西人

「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し」という言葉が出て来た。口では威勢の良いことをポンポン言うが、腹の中にはたくらむところがなくてサッパリしているという意味のようだ。京都生まれ、京都育ちの私から見た江戸っ子は正にそういうストレートで表裏のない人物だ。

この江戸っ子に対し、関西人はものごとを明確に言わないところがある。良く言えば相手をおもんばかって婉曲な物言いをしているのだろうが、文化や習慣が異なると真意が相手に伝わらないこともある。しかし、その恐れを感じながらも相手の理解に委ねるのが関西流の礼儀なんだろう。

このように食い違う点も多々あるが、東京人と大阪人には妙な共通点があった。「歴代総理大臣の出身地を見ると、東京に鳩山一郎が一人いるだけで、大阪には一人もいない」のだ。東京人は物事に対して淡白で諦めやすい。一方の大阪人は先を読み、「そんなしんどいのと付きおうてられるか」というソロバンが優先する。なるほど。

著者は「権謀術数を利して、人を押しのけても総理の座につこうという気迫を持つ政治家が東京、大阪にはいなかったのだろう」と結んでおられるが、そういう生き方は見苦しいと感じる東京人の美学、そして、それでは割りが合わないと考える大阪人の哲学こそ、これからの日本の外交や国際政治の場で必要なのではとふと思った。