大学で一緒にラグビーをしていた同級生、N須が亡くなって丸6年経った。同級生の中では一番実務能力が高く交渉力にも長け、何より責任感の強い男だったから、社会に出てからも重宝がられ、又、期待に応えようとして頑張りすぎたのかも知れない。
病に倒れ、亡くなるまでの長い時間を病院と自宅療養で過ごしたが、そういう彼を見舞うことから同級生が自然に集まるようになり、1年に1度は彼を囲んでバーベキューを楽しむのが恒例になった。「N須のお陰でみんな集まれて幸せや」と誰かが言うと、N須は唸るように泣いた。
そのN須が亡くなり、みんなが集まることも無くなってしまった。それを一番寂しく思っておられたのは彼のご両親だろう。間もなく90歳になられるお父さんから手紙が来て、「息子の13回忌は自信がない。せめて7回忌をみんなと催したい」と書かれていた。それを読んでウルッときた。
早速、同級生に連絡し、最も多くの参列が見込める明日の日曜日に、彼の実家がある奈良で七回忌を催すことになった。ご両親とは6年振り、彼の息子とも6年振り、それから、何人かの同級生とも6年振りの再会だ。やっぱりN須のお陰でみんな集まれるのだ。

嬉しいことに、明日参列できない同級生二人が信州にあるN須の墓参りに今日行ってくれた。写真が送られてきたが、墓石に同志社ラグビー部のマフラーを巻き、彼の好物だった果物を山ほどお供えしている。何とも賑やかな墓参りだが、写真を見て再びウルッときてしまった。
病に倒れ、亡くなるまでの長い時間を病院と自宅療養で過ごしたが、そういう彼を見舞うことから同級生が自然に集まるようになり、1年に1度は彼を囲んでバーベキューを楽しむのが恒例になった。「N須のお陰でみんな集まれて幸せや」と誰かが言うと、N須は唸るように泣いた。
そのN須が亡くなり、みんなが集まることも無くなってしまった。それを一番寂しく思っておられたのは彼のご両親だろう。間もなく90歳になられるお父さんから手紙が来て、「息子の13回忌は自信がない。せめて7回忌をみんなと催したい」と書かれていた。それを読んでウルッときた。
早速、同級生に連絡し、最も多くの参列が見込める明日の日曜日に、彼の実家がある奈良で七回忌を催すことになった。ご両親とは6年振り、彼の息子とも6年振り、それから、何人かの同級生とも6年振りの再会だ。やっぱりN須のお陰でみんな集まれるのだ。

嬉しいことに、明日参列できない同級生二人が信州にあるN須の墓参りに今日行ってくれた。写真が送られてきたが、墓石に同志社ラグビー部のマフラーを巻き、彼の好物だった果物を山ほどお供えしている。何とも賑やかな墓参りだが、写真を見て再びウルッときてしまった。