同大ラグビー部をこよなく愛し、現役の学生たちを応援するだけでなく、OB会の活動まで支援下さっていたBさんが亡くなられた。69歳。「Bさん、早過ぎますよ」と思いながらお通夜に参列した。

お通夜には学生時代のご友人が来ておられたが、そこで印象に残るお話を聞いた。

「学生運動の闘士だった」
Bさんは同志社大学の田辺移転計画に反対し、デモや学校封鎖で大学当局と激しく闘っておられたらしい。その後、同志社は田辺にもキャンパスを造り、ラグビー場もそちらに移転したが、Bさんは反対した立場であることを貫き、一度たりとも田辺キャンパスにも田辺のラグビー場にも足を踏み入れなかったらしい。 思わず背筋が伸びるような、潔く、筋の通った話ではないか。

「延命措置を断った」
死因はガンとのことだが、Bさんは化学療法や放射線療法を断り、あくまでも自分に与えられていた自然治癒力で戦う道を選ばれたらしい。又、この一年は姿を見せることも、電話やメールで交信されることもなかったとのこと。悠然と現実を受け容れ、決して騒いだりしない・・・そういう美学をお持ちだったのだろうか。

帰宅してから、喪主である奥様が記された会葬御礼のご挨拶を読んだ。

「誠実な人柄と正義感あふれる夫と歩んで来た⚫︎⚫︎年間の歳月でした。私は本当に幸せだったと改めて感謝の思いを募らせております。私のどんなわがままも受け入れ許してくれた優しい人。失った今、どれほどに大きく深い愛情に包まれていたか日々よみがえります。」

誰のどんな弔辞より、Bさんにとっては嬉しく誇らしい言葉だったろう。Bさんの真っ直ぐに人を見る目と優しい笑顔を思い出し、胸が熱くなった。

合掌。