今年も多くの喪中葉書が届いた。誰が亡くなられたかが書かれているものについては、できるだけお悔やみの葉書を出すようにしている。

今年は一緒にラグビーをしていた同級生が亡くなった。運動能力が高く、闘争意欲も旺盛な友人だっただけに、その最期を無念に思う。大学の先輩のお父様は99歳で亡くなっておられた。「白寿を迎え・・」と書かれていたが、案外、ご本人は百歳までは生きるぞと決めておられたかも知れない。生きることも死ぬことも思い通りにはならないものだろう。
11年前に父が亡くなったとき、同級生という方が父の学生時代の想い出を綴ったお手紙を下さった。若かりし頃の父を想像して笑い、時にはしんみりし、最後には同級生の方のお気持ちが嬉しくて泣いた。その方の奥様から「夫が亡くなりました」というお葉書を昨日頂いた。しばらく葉書を手に持ったまま固まってしまった。
この季節になると、私たちを中心に地球は回っているのではない、私たちは客人の如く、ちょこっと地球にお邪魔しているに過ぎない、という気持ちになる。そう思うと、地球を汚してはいけない、客人同士で争ってもいけない、帰り支度も決して忘れてはいけない、と自然に思えるような気もするが、どうだろう。

今年は一緒にラグビーをしていた同級生が亡くなった。運動能力が高く、闘争意欲も旺盛な友人だっただけに、その最期を無念に思う。大学の先輩のお父様は99歳で亡くなっておられた。「白寿を迎え・・」と書かれていたが、案外、ご本人は百歳までは生きるぞと決めておられたかも知れない。生きることも死ぬことも思い通りにはならないものだろう。
11年前に父が亡くなったとき、同級生という方が父の学生時代の想い出を綴ったお手紙を下さった。若かりし頃の父を想像して笑い、時にはしんみりし、最後には同級生の方のお気持ちが嬉しくて泣いた。その方の奥様から「夫が亡くなりました」というお葉書を昨日頂いた。しばらく葉書を手に持ったまま固まってしまった。
この季節になると、私たちを中心に地球は回っているのではない、私たちは客人の如く、ちょこっと地球にお邪魔しているに過ぎない、という気持ちになる。そう思うと、地球を汚してはいけない、客人同士で争ってもいけない、帰り支度も決して忘れてはいけない、と自然に思えるような気もするが、どうだろう。