カエサルが「人は自分に都合の良い未来を信じる」というような言葉を残していたように思うのだが見付からない。私の記憶違いか。近い意味のものに「人は喜んで自己の望むものを信じるものだ」というのがあったが、要するに、人は自分に都合良く理解し、それを現実のもの、未来に続くものとして信じる弱さがあるということだろう。

この言葉を思い出したのは、この間のバイオリン演奏の録音を聴く機会があったからで「えっ? これが僕の演奏?」とショックを受けるくらい、私の認識を遥かに超える下手な演奏だったのだ ((((((ノ゚⊿゚)ノ 慌てて一緒に弾いて下さった先生や演奏を聴きに来て下さった方々にお詫びのメールを入れたのだが、何故それに気付かなかったのか。

同僚のバイオリニストはこう解説してくれた。
「キャハハ、ボルさんもそう思われましたか。理由その1、演奏中は興奮しているんですよね。理由その2、上手く弾けたところだけ覚え、そうじゃないところは自動的に忘れるんです。そうじゃないと恥ずかしくて次へ進めないでしょ?」
なるほど、忘れるのも次へ進むために必要な、そして大切な能力なんだ。

カエサルは冷静に現実を見極め、受け容れるだけの勇気や胆力を持ち、強い意志の力で明日を迎えたのだろうが、一般の人々は自分に都合良く見ることで明日を迎えられたのだろう。それを希望というのかも知れない。 では、私のバイオリンの未来は強い意志で迎えるのか、それとも淡い希望で迎えるのか・・・そんなことで悩む時間があったらサッサと練習しよう(笑)