鴨治部煮の後にも料理は続く。いずれも上品な味付けに「美味しい!」を連発したが、特に最後に頂いたあさりと生姜の炊き込みご飯は、ちゃんと味が付いているのに後味が爽やかで驚いた。

(能登牛の冷しゃぶ)

(穴子の天ぷら。大釜で煮詰めて作る奥能登の塩で頂いた)

(あさりと生姜の炊き込みご飯)
さて、思わず溜め息が出てしまった鴨の治部煮だが、治部煮の語源を巡って三つの説があることを知った。
その一、豊臣秀吉の兵糧奉行を務めた岡部治部右衛門が朝鮮から持ち込んだことに由来するという説。その二、材料の鴨を「じぶじぶ」と煎りつけるようにして作るからという説。その三、野生の鴨肉を使うことからフランス料理の「ジビエ」と呼ばれ、それが変化したとする説。
これらにとどまらず、「三つの説の内、二つはウソだが今に語り継がれている。ならば、私の説も50年後には有力な説として語り継がれているかも」と、新しい説を主張している人までいた。そういう現象を知ると、治部煮が金沢の人々に深く愛されていることが良く分かる。
かく言う私も「ボルネオ7番」の由来を時々聞かれるのだが、これも愛されているかだろうか? どうせ違うだろうが、今夜はそうだと思っておこう(笑)

(能登牛の冷しゃぶ)

(穴子の天ぷら。大釜で煮詰めて作る奥能登の塩で頂いた)

(あさりと生姜の炊き込みご飯)
さて、思わず溜め息が出てしまった鴨の治部煮だが、治部煮の語源を巡って三つの説があることを知った。
その一、豊臣秀吉の兵糧奉行を務めた岡部治部右衛門が朝鮮から持ち込んだことに由来するという説。その二、材料の鴨を「じぶじぶ」と煎りつけるようにして作るからという説。その三、野生の鴨肉を使うことからフランス料理の「ジビエ」と呼ばれ、それが変化したとする説。
これらにとどまらず、「三つの説の内、二つはウソだが今に語り継がれている。ならば、私の説も50年後には有力な説として語り継がれているかも」と、新しい説を主張している人までいた。そういう現象を知ると、治部煮が金沢の人々に深く愛されていることが良く分かる。
かく言う私も「ボルネオ7番」の由来を時々聞かれるのだが、これも愛されているかだろうか? どうせ違うだろうが、今夜はそうだと思っておこう(笑)