岩崎俊一さんという方は本当に優秀なコピーライターだと思う。

本の帯に推薦文を書いておられる残間里江子さんによると、岩崎さんは「コピーは作るものではなく見つけるものだ」とおっしゃっているらしい。多分、特殊な言葉や言い回しを考えるのではなく、普段の生活の中にある真実や希望を見つけ出し、それを誰もが理解できる言葉で語れ、ということなのだろう。
例えば、才能のある写真家にも言えることだと思うが、彼らは私たちと同じ景色を見ているのに、その中から絵になる構図やアングルを探し出すのが上手い。岩崎さんがおっしゃっている「見つけるものだ」というのは、そういうことではないか。日常生活の中にある風景やテーマだからこそ、現実味や説得力があるということか。
私がそう思ったコピーが二つあった。いずれも「食」に関するコピーだ。
「食べる物に、世界一臆病な企業でありたい」
(ゼンショーグループ 2008年)
「牛乳を飲む子を叱る お母さんを、見たことがない」
(農協牛乳 1995年)
臆病という言葉が広告宣伝で使われることは先ずないだろうが、こと食べる物に関しては、神経質を通り越して、正に臆病であって欲しいと思う。又、母親ほど子供の健康や成長を望む存在はいないだろう。その母親を登場させることで、牛乳の栄養や安全を十二分にPRされている。
どちらもお見事!('-^*)/

本の帯に推薦文を書いておられる残間里江子さんによると、岩崎さんは「コピーは作るものではなく見つけるものだ」とおっしゃっているらしい。多分、特殊な言葉や言い回しを考えるのではなく、普段の生活の中にある真実や希望を見つけ出し、それを誰もが理解できる言葉で語れ、ということなのだろう。
例えば、才能のある写真家にも言えることだと思うが、彼らは私たちと同じ景色を見ているのに、その中から絵になる構図やアングルを探し出すのが上手い。岩崎さんがおっしゃっている「見つけるものだ」というのは、そういうことではないか。日常生活の中にある風景やテーマだからこそ、現実味や説得力があるということか。
私がそう思ったコピーが二つあった。いずれも「食」に関するコピーだ。
「食べる物に、世界一臆病な企業でありたい」
(ゼンショーグループ 2008年)
「牛乳を飲む子を叱る お母さんを、見たことがない」
(農協牛乳 1995年)
臆病という言葉が広告宣伝で使われることは先ずないだろうが、こと食べる物に関しては、神経質を通り越して、正に臆病であって欲しいと思う。又、母親ほど子供の健康や成長を望む存在はいないだろう。その母親を登場させることで、牛乳の栄養や安全を十二分にPRされている。
どちらもお見事!('-^*)/