ジョギングに出掛け、近くの公園で体操していたら、飛んできた蜂が花に舞い降りた。恐る恐る近付いて写真を撮った。

「当たらぬ蜂には刺されぬ」ということわざがあるそうだ。危険や災いに近付かないようにすれば安全に過ごせるという意味らしいが、確かに蜂の背中を見ていると、「食事中やから、ちょっかい出すなよ。邪魔さえしなければ、こっちから襲うことはない」と言っているようにも思える。
それでもちょっかいを出したら、「泣きっ面に蜂」にしなくてはならない。これは良く知られたことわざだで、不運や不幸は重なるという例えだが、蜂の立場からすれば、「攻撃されたら反撃する。泣こうが喚こうが容赦はしない」という宣言でもあるだろう。
そして、「蜂起」だ。蜂の巣から多くの蜂が一斉に飛び出す様はよほど迫力があるのだろう。多くの人々が暴動や反乱を起こしたりすることを蜂に例えるようになったようだ。万一攻撃されたときには、一斉に立ち上がって容赦なく反撃する。
集団的自衛権の是非を問う議論が今ひとつ盛り上がらないが、この蜂の背中を見ていて、ひょっとすると、その大元となる自衛の精神が私たちに根付いていないからかなと思えてきた。

「当たらぬ蜂には刺されぬ」ということわざがあるそうだ。危険や災いに近付かないようにすれば安全に過ごせるという意味らしいが、確かに蜂の背中を見ていると、「食事中やから、ちょっかい出すなよ。邪魔さえしなければ、こっちから襲うことはない」と言っているようにも思える。
それでもちょっかいを出したら、「泣きっ面に蜂」にしなくてはならない。これは良く知られたことわざだで、不運や不幸は重なるという例えだが、蜂の立場からすれば、「攻撃されたら反撃する。泣こうが喚こうが容赦はしない」という宣言でもあるだろう。
そして、「蜂起」だ。蜂の巣から多くの蜂が一斉に飛び出す様はよほど迫力があるのだろう。多くの人々が暴動や反乱を起こしたりすることを蜂に例えるようになったようだ。万一攻撃されたときには、一斉に立ち上がって容赦なく反撃する。
集団的自衛権の是非を問う議論が今ひとつ盛り上がらないが、この蜂の背中を見ていて、ひょっとすると、その大元となる自衛の精神が私たちに根付いていないからかなと思えてきた。