大学時代、一緒にラグビーをしていた同級生が亡くなった。直ぐに実感が湧かないのは、グランド狭しと駆け回っていた頃の記憶が今も鮮明だからか。声も顔もハッキリ覚えているのに、もう声を聞くことも顔を見ることもできない。それがものすごく不思議に思えた。
友人とは有難い存在だが、一緒にラグビーをした同級生にはことの他、思い入れのようなものがある。互いの信頼や友情が既に身体の一部になっているような感覚とでも言おうか。親近感というよりは一体感に近い。それだけに、その一部が欠けたのだと思うと、寂しさよりも痛みを感じてしまう。
友人や友情に関しては多くの人が含蓄のある言葉を残しておられる。昨夜は自分の心境に近いものや、少しでも気持ちが楽になる言葉がないかと、インターネットで探し続けた。その結果、二つ、心に染み入るような言葉を見付けた。
「友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらず、あなたを好んでいる人のことである」(エルバード・ハーバード)
「友人が片目なら、私は友人を横顔から眺める」(ジュペール)
亡くなった同級生と一度だけ口論したことがある。単刀直入にものを言う男だったし、私も言い出したら聞かないところがある。その日はさすがに気まずい思いのまま別れたが、次に会ったときは何事もなかったかのように馬鹿話を始めた。ひょっとすると、彼の方が先に私を受け容れてくれたのかなと思う。
合掌。
友人とは有難い存在だが、一緒にラグビーをした同級生にはことの他、思い入れのようなものがある。互いの信頼や友情が既に身体の一部になっているような感覚とでも言おうか。親近感というよりは一体感に近い。それだけに、その一部が欠けたのだと思うと、寂しさよりも痛みを感じてしまう。
友人や友情に関しては多くの人が含蓄のある言葉を残しておられる。昨夜は自分の心境に近いものや、少しでも気持ちが楽になる言葉がないかと、インターネットで探し続けた。その結果、二つ、心に染み入るような言葉を見付けた。
「友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらず、あなたを好んでいる人のことである」(エルバード・ハーバード)
「友人が片目なら、私は友人を横顔から眺める」(ジュペール)
亡くなった同級生と一度だけ口論したことがある。単刀直入にものを言う男だったし、私も言い出したら聞かないところがある。その日はさすがに気まずい思いのまま別れたが、次に会ったときは何事もなかったかのように馬鹿話を始めた。ひょっとすると、彼の方が先に私を受け容れてくれたのかなと思う。
合掌。