父が愛用していた腕時計が好きだった。父と仲の良かった叔父から贈られたもので、父が大事にしていることは知っていたが、「お父さん、この時計は兄貴ではなく、僕にちょうだい」と言っていたら、そのワガママを聞き入れ、就職祝いで私にくれた。お父さん、叔父さん、ありがとうございます。お兄ちゃん、横取りしてかんにんね!((((((ノ゚⊿゚)ノ

その時計が今年1月、大きく遅れてしまうことに気付いた。大好きな時計だから、ほとんど毎日身に付けていたが、オーバーホールしたのは20年以上も前のことだ。これでは愛用ではなく酷使だ。慌てて時計屋さんに持ち込み、修理をお願いした。

「やってはみますが、少し時間が掛かると思います。問題は部品がどこまで消耗しているか、消耗が激しい場合に、新しい部品が手に入るかどうかです」。

その予測通り、修理には3ヶ月半を要し、聞けば交換部品が入手できなかったものは他の近い部品に手を加え、使えるようにしてくれたらしい。交換された部品も見せてもらったが、何十年もの間、見えない場所でこつこつと働き続けてきた部品だと思うと愛おしくなった。

父の形見

父からは時計以外にもさまざまなものをもらったが、その中で、今も重宝しているのは「書く楽しみ」だろう。これは父から教えてもらったものだ。父が生きていたら、私のブログを読んで何というだろう。ときどき想像する。