オペラは「歌劇」、そのオペラに出てくる歌のことをアリアというらしい。有名なところでは、プッチーニの「蝶々夫人」に出てくる「ある晴れた日に」や、同じくプッチーニの「トゥーランドット」に出てくる「誰も寝てはならぬ」がアリアなんだそうだ。
「アリアなんだそうだ」というくらいだから、どういうコンサートなのか良く分からずに私はチケットを申し込んだのだが、合計14名のオペラ歌手による独唱を興味深く聴かせてもらった。

まず、ソリストたちは原語で歌われたので、こちらとしては意味が全く分からない。オペラに詳しくもないので、その歌の物語や背景も分からない。それでも、何となく喜怒哀楽の感情が伝わってくるのは、メロディーやテンポにそれを伝える力があるからだろう。ただ、その伝わり方に大きい小さいがあるのはソリストの力量の差なんだろう。その力量とは、声量もさることながら、感情の量や神経の細やかさ、これまで経験されてきた喜怒哀楽の深さなのかなとふと思った。
又、当然のことながら、ソリストはたちは身体一つで舞台に出てこられる。身体そのものが楽器だから、皆さん「丸腰」で勝負される訳だ。これは立派だと思った。スポーツの世界で言えば、道具を使うテニスやゴルフ、団体戦で競い合うラグビーやサッカーではなく、身体一つで戦う相撲や柔道、レスリングに近い。まさに「身体が資本」で下手に風邪も引けない。風邪で声の出なくなったオペラ歌手は、弦のないバイオリンみたいなものだからだ。
しかし、よくよく考えてみたら、さまざまな道具や技術、知識や経験を駆使して行っている私たちの仕事も、元となっているのは「身体」だ。中には頭脳労働をしているとか、労働ではなく投資で生計を立てているという人もいるだろうが、頭脳も決断も身体が寝ているときにはお休みしている。やっぱり、身体が資本なのだ。
身体は正直で謙虚で、一日に4回も5回も食事は要らないというし、眠るときには一畳もあれば十分だという。アタマは時々もっと欲しがるけど、身体のいうことの方が最近は正しいように思う。これからもよろしく!

「アリアなんだそうだ」というくらいだから、どういうコンサートなのか良く分からずに私はチケットを申し込んだのだが、合計14名のオペラ歌手による独唱を興味深く聴かせてもらった。

まず、ソリストたちは原語で歌われたので、こちらとしては意味が全く分からない。オペラに詳しくもないので、その歌の物語や背景も分からない。それでも、何となく喜怒哀楽の感情が伝わってくるのは、メロディーやテンポにそれを伝える力があるからだろう。ただ、その伝わり方に大きい小さいがあるのはソリストの力量の差なんだろう。その力量とは、声量もさることながら、感情の量や神経の細やかさ、これまで経験されてきた喜怒哀楽の深さなのかなとふと思った。
又、当然のことながら、ソリストはたちは身体一つで舞台に出てこられる。身体そのものが楽器だから、皆さん「丸腰」で勝負される訳だ。これは立派だと思った。スポーツの世界で言えば、道具を使うテニスやゴルフ、団体戦で競い合うラグビーやサッカーではなく、身体一つで戦う相撲や柔道、レスリングに近い。まさに「身体が資本」で下手に風邪も引けない。風邪で声の出なくなったオペラ歌手は、弦のないバイオリンみたいなものだからだ。
しかし、よくよく考えてみたら、さまざまな道具や技術、知識や経験を駆使して行っている私たちの仕事も、元となっているのは「身体」だ。中には頭脳労働をしているとか、労働ではなく投資で生計を立てているという人もいるだろうが、頭脳も決断も身体が寝ているときにはお休みしている。やっぱり、身体が資本なのだ。
身体は正直で謙虚で、一日に4回も5回も食事は要らないというし、眠るときには一畳もあれば十分だという。アタマは時々もっと欲しがるけど、身体のいうことの方が最近は正しいように思う。これからもよろしく!
