時事ドットコムが1964年の東京オリンピックを取り上げ、20問の「東京五輪問題集」を掲載していた。前回の東京オリンピックは私が小学校3年生のときに開催されており、私もテレビの前で熱狂した少年の一人だ。
女子バレーボールの「東洋の魔女」、重量挙げの「三宅兄弟」、マラソンの「アベベ」、柔道の「ヘーシンク」、そして女子体操の「チャスラフスカ」と、今も記憶に残る選手たちがいる。そういう選手たちとともに、開会式の国立競技場で、聖火を手に長い階段を聖火台まで駆け上がった選手がいたことを覚えている。
坂井義則さんという方だ。当時は早稲田大学競争部の1年生で、オリンピック出場を目指しておられたが、残念ながら予選敗退。しかし、坂井さんが広島のご出身で、まさに原爆が投下された1945年8月6日のお生まれであることから、最終聖火ランナーに選ばれたという経緯があるらしい。
ある外国人記者はそれを聞かされ、「アトミック・ボーイ(原爆の子)が今、平和の灯をともした」と書いたとのこと。当時は東西冷戦が激化し、米ソが核開発競争を繰り広げていた時期かと思う。そういう時期だからこそ、日本はオリンピックという平和の祭典への期待や、原爆という恐ろしい武器への恐怖を世界に訴えたかったのかなと思う。
日本は世界で唯一の被爆国だ。又、平和利用であった筈の原子力発電で事故を起こし、今もその処理に追われている。そういう日本がオリンピックを通して世界に発信するメッセージは何なのか。それが経済効果や景気回復のきっかけでしかないなら、日本は世界の笑いものになるような気がする。
