遠くの親戚より近くの他人、
多くの友より数限られた親友、
そう固く信じて生きてきたが、この夏、義理の両親をそれぞれの故郷にお連れし、兄弟姉妹との再会を喜んでおられる様子を見ている内に、兄弟姉妹というものは、心の深いところでつながり合っているものなのかなと思えてきた。
義父は金沢の出身で、正月には金沢に帰省し、伯母、叔父と一献傾けることを楽しみにしていたのだが、足腰が弱ってからは金沢を訪れることができず、これが4年振りの再会となった。無口な義父だが、妻によると出発の日が近付くにつれ嬉しそうにしていたとか。
伯母さんがちょうど米寿とのことで、伯母、叔父だけではなく従兄弟たちも集まり、みんなで米寿や再会を祝うこととなった。皆さん酒豪揃いだが、「年には勝てない」と言う伯母も叔父も義父も飲みっぷりが良く、どんどん徳利が空いていく。大丈夫かな、と思って見ていると、88歳の伯母が86歳の義父に、「ちゃんと食べながら飲みなさい」と注意し、義父が大人しく頷いている。あぁ、いくつになっても姉は姉、弟は弟なのかと思うと微笑ましくなった。特に会話がある訳ではないのに、三人を何か暖かい空気が包んでいたのはそのせいか。
この米寿の伯母さんはアメリカ、ニューヨークの生まれで、生後何ヵ月後かに撮ったという珍しい写真を見せてもらった。
お母さんに抱かれているのが伯母さんで、お父さんに抱かれているのは既に亡くなられた伯父さんだ。88年前だから1925年(大正14年)のことになるが、このお父さんやお母さん(うちの妻の祖父母)、その子供たちである伯父さん、伯母さん、叔父さん、そして義父はどんな人生を過ごしてきたのだろうと写真を眺めながら想像し、長い時間のことを思った。
多分、いろんなことがあったのだろうが、それぞれの喜びや悲しみ、成功や失敗を知っているのが兄弟で、しかし、それらをことさら口に出す訳ではなく静かに共有しているから、何か暖かい空気を感じたのかなとそのとき思った。

