坂田さんと一度だけ対戦している。と言っても、ガチガチの公式戦ではなく、1970年(昭和45年)5月5日の同志社ラグビー祭でのことだ。坂田さんは同志社大学の長老OBチームで、私は同志社中学ラグビー部で出場している。相当手加減をして貰ったのだろうが、13-15で同志社中学が惜敗している。
当時、坂田さんがどれくらい憧れの人だったかというと、私はゲーム後、坂田さんの元に行き、サインをお願いしている。手帳に書いてもらったのだろうが、新聞記事と一緒にスクラップブックに貼られていた。
世界的なプレーヤーだから、サラサラっとローマ字でサインされるのかなと思っていたら、坂田さんはゆっくりとした動作で、「サカ・・・タ・・・ヨシ・・・ヒロ」と漢字でお書きになった。名前はきちんと書くものだと教えるかのような、静かでゆっくりとした動作で、当時は、物凄いスピードと迫力でゴールに突き進まれる坂田さんとのギャップがあまりに大きく、それだけに強く印象に残る出来事となった。
当時は、坂田さんって真面目な人なんや、という印象しか持てなかったが、それから40数年経ち、少しはオトナになった私からすると、坂田さんは当時からグランドでも人生でも、「真っ直ぐ走る」方だったのだろうと思う。

