長衛翁は山についての言葉をいくつか残しておられる。
( )内には著者の松尾 修さんが付けられた注釈をお借りした。
「山はでえじにしにゃーいけねえ」
(山からの恵みを糧に暮らす者、又、山のもつ崇高で雄大な自然の魅力を求めて訪れるものは、山の自然を大切にまもらなければならない}
「山は大きいでなぁ、どけえも逃げていかねえ。天気が悪かったらまた来るさ」
(山小屋の少ない南アルプスでは、天候の急変から動けなくなって山小屋に辿り着けずに遭難したり、悪天候の中での無理な行動から遭難することが多かった。長衛翁は天気が悪ければ無理をしたりせず、出直せば良いと諭しておられるのだ)
「夏でも山は何が起きるか分からねえ、決して山を甘く見ちゃダメだぞ」
(夏山になると軽装で安易な気持ちで入山してくる登山者が増える。山への畏敬の念と自然に対する謙虚さが必要である)
「帰れる所までしか、行っちゃいけねえよ」
(到達点の標高を意識したり、未知なる景色を探求する気持ちが先行し過ぎて、安全に下山をするために必要となる体力や時間への配慮を忘れてはならない)
締めくくりには次の言葉が良いと思う。
「雷鳥は霧が出はじめると良く動く。これは多分、イヌワシや鷹から襲われねえからじゃねえかと思う。岩魚も台風前には数が出る。台風で増水して川が荒れる前にできるだけ食っておこうと考えてるんじゃねえかな。わしらは獣よりは知恵はついたが、その分、そういった自然を感じ取る何かが薄れちまったんだろうよ」
知恵と引き換えに、自然を感じ取る何かが薄れちまった・・・長衛翁ご自身も一度、雪崩に巻き込まれて重傷を負っておられるだけに重みのある言葉だ。その長衛翁が海辺に建つ原子力発電所を見たら何とおっしゃるだろう。ふと聞きたくなった。
