ところが、先日、ハッとさせられる言葉に出会った。


みんなの党の衆議院議員、山内康一さんが「蟷螂の斧」というご自分のブログに書いておられた言葉だ。折りしも、麻生副首相がインド訪問中に、「少なくとも我々は1500年以上の長きにわたって中国との関係が極めてスムーズにいったという歴史は多分ない」と発言され、それが話題になったことに対して述べられた言葉だ。


「1500年の歴史の中には第二次大戦、日清戦争、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)、倭寇など、日中で戦ってきた歴史もあります。振り返ると日本が中国に攻め込む例ばかりです。第三者的に見たら、『日本は好戦的な国だ』と思い、中国の被害者としての側面に目がいくでしょう」。


確かにそうだ。攻め込んだのは日本で、日本が中国の軍隊に攻め入られたことは一度もないように思う。山内議員は更に続けておっしゃる。


「他方、遣隋使、遣唐使以来の交流の歴史もあり、さまざまな文化を中国から日本は学びました。明治維新後に多くの中国人留学生が日本に学び、日本語経由で西欧の技術や思想が中国に伝播し、さまざまな人間同士の交流もありました」。


これもその通りだ。古くから日中間には人の交流があり、良好な関係が維持された時代もあったのだ。山内議員はまだお若いのに、なかなか冷静で、ものごとを客観的に見ることのできる人だ、と感心しながらブログを読み進むと、別の日に中曽根康弘元総理の言葉を紹介されているのを見付けた。これも読み応えのある内容で、読み返す度に背筋が伸びるような気がした。


「私なりに大東亜戦争を総括するなら、次の五点に集約されます。

一、昔の皇国史観には賛成しない。

二、東京裁判史観は正当ではない。

三、大東亜戦争は複合的で、対米英、対中国、対アジアのそれぞれの局面で性格が異なるため認識を区別しなければならない。

四、しかし、動員された大多数の国民は祖国防衛のために戦ったし、一部は反植民地主義・アジア解放のために戦ったと認識している。

五、英米仏蘭に対しては普通の戦争だったが、アジアに対しては侵略的性格のある戦争であった。

(出典は中曽根元総理の「自省録」、新潮社2004年とのこと)


(続く)


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(この時期は紫陽花にばかり目が行く)