友人が中国から一時帰国した。
中国の靴工場で検品指導を行ない、2ヶ月に1度位の割合で帰国する。その度にランチをして、中国の様子や人々の表情などを聞かせてもらう。話の内容もさることながら、友人の表情が変わってきたことが興味深く、この定期的なランチが楽しみになっている。
彼がこの仕事を始めた当初は、「言うことを聞いてくれない」とか、「信じたのに裏切られた」という愚痴が多かった。深刻な表情に同情したものだが、最近は同じことを言うにしても、ニコニコ笑いながら、さも愉快なことが起こったかのように話す。状況は変わらないにしても、彼の心境が変わったのだと思う。
中国人と日本人は異なる文化や歴史、生活環境、そして教育の下に育っている。結果として、同じ出来事やテーマについて話し合うと全く相容れない考え方や認識を持っていることに気付く。太平洋戦争もまさにその一例だろう。防衛から始まった戦争か、はたまた侵略戦争なのか。
学徒出陣した父は、私が子供の頃から「ABCD包囲網」について話し、日本は戦争に追い込まれたのだと説明した。父は決して暴力を振るうような人ではなかったし、近所のおじさん、おばさんも優しい人たちばかりだったから、「日本人が理由もなく戦争を始めるわけがない」と思って私は育った。
そして、物心がついてからは、日本軍の暗号解読に成功していたアメリカは真珠湾攻撃を事前に知っていたとか、広島、長崎に原子爆弾を落とさずとも日本の敗戦は決定していたとか、日本こそ被害者というような主張に何か安心を覚えるようなところがあったように思う。
(続く)
