自宅の駐車場に車を入れる際、誤って水道の蛇口を壊してしまった。
水が溢れ出て止まらない。幸い、電話帳で探し出した修理屋さんが1時間後に来てくれたのだが、修理のために水道の元栓を締めたので、今後は水が使えない。手を洗おうにも水が出ないし、トイレも水を流せない。もちろん風呂にも入れないし、お米を洗うこともできない。僅か3時間の我慢だったが、水の有難みを痛感することとなった。
水を当たり前のように使いながら、「東北の人は大変やなぁ」と呟いていた私は、その大変さの十分の一も理解していなかったように思う。又、浪費することを「湯水のように使う」というが、湯水だって湯水のように使ってはいけないと思った。
