中国海軍のフリゲート艦が射撃管制用のレーダーを海上自衛隊の護衛艦に向けて照射したという。挑発ではなく本気だったなら、その後、海上自衛隊は攻撃を受けたのだろうか。その場合は死傷者が出ただけではなく、その瞬間から戦争が始まる訳だから、笑い事では済まされない事件だろう。軍隊は戦闘を遂行するための破壊力を持たされているのだから、一触即発の危機を招くような挑発は絶対にしてはならないと思う。
その事件の後、中国外務省の華春宝副報道局長が記者会見に臨んだ。この女性、頭が良さそうで堂々と話す。なので、それはウソでしょうと思うものの、「敵ながら天晴れ」みたいな気持ちになってしまう。その華副報道局長が、この日ばかりは緊張しているのが良く分かった。「いつ事件を知ったのか」という記者からの質問には一瞬目が泳いだ。そして、こう答える。
「我々も報道で知った」
いつもなら、その堂々とした話し振りに思わず苦笑するところなのだが、この日は私も笑えなかった。中国外務省が報道で知ったかどうかは別として、この事件を大きくしたくないと思っていることが伝わってきたからだ。中国外務省までが挑発したら、さすがの日本政府も受けて立たざるを得なくなるだろう。敵対する部分があったとしても、反面、補い合っている面があるのだから、戦争はいけないと思う。
話は変わるが、昨夜、ケーブルテレビで映画「リトル・ブッダ」を放映していた。
シアトルに住む9才の少年、ジェシーの元に3人のラマ僧がやって来て、ジェシーはブッダの生まれ変わりだという。やがて、好奇心いっぱいのジェシーは父親と共にラマ僧に連れられチベットへと旅立つ。そういう映画だが、「諸行無常とは何か」と訊ねられたラマ僧がこう答える場面が印象的だ。
「ここには何百人という人がいる。しかし、あと100年もすると、みんな死んでいる。それが無常ということだ」
国境や石油や食糧を巡る戦争や紛争が絶えないが、「100年後には間違いなく死んでいる」という仲間同士だ。そう気付けば、主義主張に食い違いがあっても、大きなところでは同じ時代を生き、同じ運命をたどる仲間同士として寛大になれるのではと思う。
