ある社会福祉施設にお邪魔した。
「年末お楽しみ会」という催しに「うたおう会」がお呼ばれし、クリスマス・ソングを歌うことになったのだ。
その施設は母子家庭の生活を支援するのが目的とのことで、小学生と小学校に上がる前の幼い子供たちが参加していたのだが、この子もお父さんとは別々に暮らしているんだ、とか、お父さんと会いたいときはちゃんと会えるんだろうか、と考える内に、健気に振る舞う子供たちに何だか申し訳ない気持ちになった。
うたおう会がクリスマス・ソングを歌った後はみんなで食事をし、子供たちが手作りのトランプで披露してくれたマジックを見たり、全員でビンゴを楽しんだりしたのだが、職員さんが絶えず子供たちを見守り、子供たちもそれが分かるのか安心して甘えているのを見ている内に、血のつながりもない子供たちに愛情を注げる職員さんたちにすっかり感動してしまった。
こういう施設までもが「仕分け」の対象になっていると聞いたが、会のプログラムは手作りで、ビンゴの景品もあちらこちらから掻き集められたものに違いない。職員さんたちも少ない予算の中で、一所懸命工夫を凝らして企画し、実行されているのだ。
(手作りプログラムとビンゴ景品のキッチン・スポンジ)仕分けにより、大人が自己責任を問われることは当然あって良いと思う。しかし、どう考えても施設にいた子供たちには何の責任もないように思う。そういう子供たちが仕分けの影響を受けるとしたら、何とも心の痛む話ではないか。
ただ一方では、何不自由なく育つ子供より、何かしらハンディキャップを負い、それを乗り越えた子供の方が逞しく育つようにも思う。短い時間ではあったが、一緒に過ごした子供たちには是非そうあって欲しいと思う。
