勤務先アウトドア部の仲間と景信山に登った。
景信山は八王子市と相模原市の境にある標高727mの山で、「かげのぶやま」と読む。景信(かげのぶ)とは武将の名前みたいやな、と思っていたのだが、ウィキペディアによると、やはり北条景信という武将の名前に由来するという説があるようだ。
1590年7月24日、天下統一を目指す豊臣秀吉の軍勢に加わった上杉景勝、前田利家、真田昌幸ら1万5000人の軍勢が八王子城を取り囲む。しかし、城主の北条氏照は小田原本城に駆け付けており不在。留守を守っていた家臣や領民3000人が立て籠って奮戦するも敗れ、正室はじめ婦女子は自刃、家臣らは切腹、脱出を図った北条景信も追っ手に討ち取られる。その場所が景信山だったという伝説が残っているんだそうだ。北条という姓から北条家の一族だったと思われる。
現在は高尾山にもつながる人気のハイキングコースとして親しまれているそうだが、我々は高尾駅からバスで「小仏」に向かい、そこから山頂へと向かった。直ぐ下を走る中央高速道から車の排気音が聞こえていたが、それも次第に遠ざかり、美しい紅葉や紅葉が目に入ってきた。
小休止のときに回りを眺めると、紅葉と黄葉、これに緑の葉が加わって山の深みを感じさせられる。自然の力はスゴイなぁ、とため息をつきそうになったとき、先程の景信伝説を思い出した。景信が討たれたのは夏だ。その運命のとき、山は蝉の鳴き声に満ちていたのだろうか。そして、その年の秋も、何事もなかったかのように山は紅葉に彩られたのだろうか。
もう400年も前のことだが、北条景信や豊臣側の追っ手もこの道を歩いたのだろうかと想像すると、自然はいつの時代も規則正しく変化を繰り返し、ただ人間だけが騒がしかったのかな、という気がしてきた。
(続く)
