山下公園を抜け、山手へと向かった。
最初に目指したのはイギリス館。大広間で音楽会でも催されているのか、かすかに音楽が漏れてきた。それを聴く内に、かつては着飾った紳士淑女がここに集い、グラスを片手に外交や経済、政治について語り合ったのかしらん、と想像してしまった。山手はそういう歴史を感じさせる街だ。
その後、山手111番館、山手外国人墓地、山手234番館、エリスマン邸、ベーリックホール、山手聖公会、外交官の家、ブラフ18番館を順番に訪れた。
山手の締めくくりは「ブラフ18番館」。赤茶色の屋根はフランス瓦だとか。
これらの建物や庭は西洋の文化が目に見える形になったものとも言える。当時の横浜の人たちは、これらをどんな思いで眺めたのだろうか。逆に、当時の横浜を訪れ、そこで生活を始めた外国人に日本人はどのように映ったのだろう。
携帯電話もe-mailもパソコンもなく、当時は人と人が直接会い、話すしかコミュニケーションを深める方法がなかった。今より時間が掛かったかも知れないが、その分、人を見る目を養う訓練ができたり、それに耐えうる人間を磨く余裕があったのかもと思う。
歴史に思いを馳せ、いろんなことを考えてしまった(///∇//)
(続く)


