イギリスの宰相、サー・ウィンストン・チャーチルが言い残した言葉、


We make a living by what we get.

We make a life by what we give.


(私たちは得るもので生計を立て、与えるもので人生を築き上げる)


味のある言葉だと思う。確かに、その人が得るものより与えるものの方が、人柄や人格を如実に表わすように思う。恐らく、人は得ることより与えることの方に痛みや抵抗を感じるから、そこに一人ひとりの違いが出るのだろう。


それで思い出すのは、新島襄先生が同志社を設立するための寄付を募られた際の逸話だ。1874年、新島先生はバーモント州ラットランドのグレース教会で「日本にキリスト教主義の学校を創りたい」と訴え、寄付を募られる。その熱意に応えるかのように5000ドルの募金が集まるが、その中に、みすぼらしい姿をした農夫が差し出した2ドルが含まれていたという。聞けば、その2ドルは農夫の帰りの汽車賃で、農夫は歩いて帰って行ったのだという。心にジーンと来る話だ。


グレース教会での募金では、ハーディー夫妻が新島先生のために根回しをしたという話も残っているようだ。ハーディー氏は日本を密出国した新島先生がボストンまで乗船したワイルドローバー号の船主だが、その後、ハーディー夫妻は新島先生を物心両面で支え、教育の機会まで与える。ハーディー夫妻が経済的に豊かであったことは間違いないが、日本を密出国してきた一人の青年に、なにゆえそこまでの支援をされたのだろうと不思議に思う。


ボルネオ7番のブログ-アーモスト館
(新島先生が卒業された米アーモスト大学の卒業生らの

寄付により建てられたアーモスト館)


お金持ちは多くの収入を得た人で、それを元に生計を立てている筈だが、みんながみんな誰かのために寄付をしている訳ではない。又、貧しい人は少ない収入で生計を建てている筈だが、この農夫のように自分の汽車賃を寄付してしまう人がいる。


そう考えると、チャーチルの言葉通り、お金持ちも貧しい人も得た収入で生計を立てているが、どういう人生かは与えるもので築かれるという意味が分かってくるように思うのだ。