興味深かったのは、第3章「新幹線と失われた20年」に書かれていた「東海道新幹線の物語」だ。


意外に思ったのだが、新幹線の計画が考えられた昭和30年代は、実は「鉄道斜陽化論」が主流だったのだという。近距離は自動車、遠距離は飛行機、鉄道はもう古いと言われていたらしい。そんな中、「夢の超特急」はいかにして誕生したのか。


お二人はそれを「国民が新幹線物語を共有できたからだ」とおっしゃる。時代や国家を動かすには、国民が夢や物語を共有する必要があると説かれるのだ。それはそうだろう。僅か15人で競うラグビーだって勝つ気満々の選手が揃わないと勝てない。


そこで、新幹線プロジェクトを推進した当時の国鉄、十川信二総裁のことを調べたら、国民に「世界で最も優れた鉄道技術をわれわれ日本人の手によって実現したい」とか、「東京と大阪を3時間で結べば日本が一つになる」とか、国民に夢を与えたり、国民のナショナリズムを刺激するようなことを語っているのが分かったという。


これに国会議員たちが心を動かされ、マスコミも世論が変わってきたことを読み取り、「一発やってみるか」という夢を国民に共有させることに成功したのだそうだ。更に、十川総裁は新幹線開通のタイミングをもう一つの国家プロジェクトである東京オリンピックに合わせる。オリンピックに新幹線を重ねることで計画を急がせ、予算を出させようとしたらしい。こうして、十川総裁は鉄道斜陽化論を打破したのだ。


この第3章「新幹線と失われた20年」の意味は、この20年はそういう物語を作り、国民で共有することに失敗したという意味だろう。その通りかも知れない。


しかし、この「物語」というのは味のある言葉だと思う。国にとっても企業にとっても、はたまた家族にとっても「ビジョン」「計画」「夢」に相当するもので、どんな環境にあっても、それに属する人が共有できれば大きなエネルギーになるように思う。国家を憂う前に、自分が属する組織や家族、更に言えば、自分自身の「物語」を作るというのはどうだろう。


ボルネオ7番のブログ-高尾山から見た富士山
(この間の日曜日、高尾山から富士山が見えた)