毎日新聞がオーストリアのウィーンを紹介していた。

タイトルは「光と闇の歴史刻む」。


ボルネオ7番のブログ-オペラ劇場


ハプスブルグ帝国の首都として迎えた華やかな繁栄。そして、第一次世界大戦での敗北から衰退し、やがて迎えるナチスによる併合。ウィーンには行ったことがないが、華やかな時代と暗い時代の両方を感じさせる街なのだろう。


さて、その記事に面白いことが書かれていた。

ウィーンにある造形美術大学をヒトラーが2度受験し、2度とも失敗していたというのだ。ヒトラーはオーストリア北部の生まれで、実は画家を目指していたらしい。しかし、受験に失敗し、ウィーンで失意の日々を送る内に反ユダヤ思想を深めたというのだ。


ボルネオ7番のブログ-造形美術大学
(ウィーンの造形美術大学)


ヒトラーはその後ウィーンを去り、約30年後に今度は征服者としてウィーンに凱旋するが、もし、造形美術大学に合格して勉強や修行を重ね、画家として成功していたら、ドイツや欧州、そして世界はどうなっていたのだろうかと思ってしまう。歴史に「たられば」は禁物なのだろうが、大いに想像力をくすぐられる逸話であった。