「大学ラグビーがつまらない」と3人から言われた。
「どうしたらええの?」とも聞かれた。
私に答があろう筈もないが、つまらないと思われる理由を考えた。単なるノスタルジーと言われれば反論が難しいが、私はズバリ、各大学が「欠点を無くすことに注力したから」かなと思う。
早稲田は非力のFWであればこそ、余裕がなくともボールをパスできるSHや、スピードがあり切れ味鋭いBKが育ったのではないか。
明治はあまりにも強力なFWに恵まれ、「前へ」というシンプル且つ逃げ道のない精神を愛したから、能力はあっても人の良さが残るBKでいてくれたのではないか。
慶應の同級生には以前「同志社の2軍でいいから欲しい」とまで言われたことがある。それくらい選手の補強が難しいから、稼働率や組織プレーの精度がずば抜けて高かったのではないか。
同志社には「何を考えてるんや?」と思われるような戦法やサインプレーがあった。奇をてらったのではなく、その年のメンバーなら他に方法はないやろという弱点、それに対する居直りがあったのではないか。
ところが、伝統校は欠点をなくそうと努力した。
早稲田はFWを強化したのは良いが、楽になったBKの切れ味が鈍り、明治はBKの展開力が向上した分、FWの使命感が低下し、慶應は少し選手の確保が可能になった分、組織プレーの完成度が低くなった。言い過ぎか。
そして、我が同志社はある程度選手が揃う安定感から、欠点に片目をつむってでも面白い能力を持った選手を起用する勇気や、前例はないけど面白そうやというサインプレーに挑戦する能天気な大胆さを失った。
単なるノスタルジーかも知れないが、そういう欠点があればこそ絶対に失えない特長が伝統校にはあった。それは伝統とも文化とも言えるほど成熟していたように思うし、それがあればこそ、どうしてもそのチームでプレーしたいという高校生が集まった面もあったように思うのだ。やっぱり言い過ぎか。あかん、眠れん!(笑)