親友の三回忌法要が奈良であった。
東京、信州、名古屋、九州、京都から同級生が集まり、早すぎる死を悼んだ。遺影の中の親友はもう歳を取らないが、彼のご両親はこの二年で少し老け、足腰が弱られたようだ。仲間の一人が、「親より先に死ぬのはホンマに親不孝やな」と呟き、皆が頷いた。
物置から出てきたという、親友が中学2年生のときに書いた作文がワープロで清書され、皆に配られた。タイトルは「僕の父」だ。
息子から見た父親が綴られ、父親から学んだことや父親への注文まで出てくるのだが、親友がお父さんの背中を見て育ったことは明らかだ。息子を亡くされたことは悲しい出来事だったに違いないが、おやっさん、良かったですね、という気持ちになった。
親友は作文の最後で、お母さんの健康のことも気遣っている。父親への注文というのは、力仕事はお母さんの代わりにやって上げてよというものなのだが、その声が届いたのか、昨日はご両親が互いに声を掛けながら歩いておられるのが印象的だった。
今は亡き親友へ、
ご両親は仲良うやったはるよ。
息子もこの就職難に余裕の内定や。
お前の一年前に亡くなった嫁はんとはそっちで仲良うやれ。
進歩・成長がないのは俺らだけや。
昨日は道頓堀で一人行方不明になった。
両親と息子は心配いらん。
俺らのことを見守れ(笑)
