母が亡くなったのは1999年7月のことだ。


最後の長い入院で、家族が交代で病室に寝泊りし、母に付き添うことになっていた。たまたま母が亡くなる前の晩は私が当番だった。


翌朝、母の容態が急変し、お医者さまから家族を呼ぶように言われた。しかし、月曜日の朝のことで、父も兄も既に自宅を出て勤務先に向かっていたし、妹は自宅のある大阪にいた。


結局、母の最期に間に合ったのは父と私の二人だった。本当に不思議だが、父の到着を待っていたかのように母は逝った。その瞬間、私は44才のいいオジサンだったのにわんわん泣いた。


ボルネオ7番のブログ-両親


その後、母の思い出を兄妹と話す内に意外な事実が判明した。なんと、私だけが体罰を受けていたのだ。理由は覚えていないが、私が何か悪さをすると、母は祖父の大きな写真の前に私を連れて行き正座させる。そして内腿を平手で叩く。そこに母の小さな手形が残る。母によると、頭を叩くのは脳に悪い。お尻を叩いても痛くない。その点、内腿は皮膚が薄くて効果満点らしい。確かに効果があった(笑)


小学校3年生になったとき、「もう口で注意したら分かるやろ?言うことを聞くんやったら、これからは叩かへん。ええか?」と聞かれ、もちろん、「はいっ!」と元気に即答し、以後、注意されたら直ぐに改めるようにした。あ、そうか、叩かれた理由は何度も同じ悪さを繰り返したからか(笑)


背が150cmにも満たない小柄な母だったが、愛情と責任感のかたまりのような人だったと思う。


合掌。