母校、同志社大学の今出川キャンパスは京都御所の真北にある。場所が場所だけに、昨年8月から行われている発掘調査でさまざまな発見があったらしい。


5月17日付「京都新聞(夕刊)」に、同志社大学の鋤柄俊夫教授(考古学)の言葉が紹介されている。


「烏丸通(からすまどおり)に近い調査区で、南北にのびる大きな濠(ほり)が2本見つかった。1本の濠は応仁元年(1467年)に始まった応仁・文明の乱に際して掘られたもので、もう1本の堀は天文20年(1551年)の戦乱に際して掘られたものと考えられる」


今から4~500年前に掘られた濠が見つかった訳だ。

何とも歴史のロマンを感じる話ではあるが、鋤柄教授は更にこう続ける。


「濠の幅は4~5メートル、深さも2メートル近い大規模なもので、中には破壊された石塔類が捨てられていた。この濠をはさんで激しい戦いのあったことが分かる。応仁・文明の乱は多くの寺社と民家を巻き込み、洛中が灰塵に帰したと伝わる大乱である」


しかし、その大乱も終わり、京都は復興へと向かう。


「今出川の旧流路と思われる水路が応仁の乱後に埋められ、大規模な整備が行われていたことが分かった。人々は濠が埋められた後に街路をつけ直し、新たな街並みを整備したのだ。それは、伝統を生かしつつも新しく生まれ変わった京都の出現であった」


ボルネオ7番のブログ-洛中洛外図
(洛中洛外図)


「復興した京都の姿を描いているのが『洛中洛外図』だ。そう考えると、『洛中洛外図』に描かれた躍動感あふれる庶民の姿は京都の復興の象徴であり、この長い戦乱の日々を忘れないための記録だったと思えてくる」


そして最後に、鋤柄教授はこう結んでいる。

「人類の歴史はさまざまな困難との戦いである。しかしそれは同時に復興の記録でもある」


美しい東北の復興を祈りたいと思う。