松尾先輩の追悼礼拝に出席した。
松尾先輩は同志社高校、同志社大学、近鉄でプロップとして活躍された大先輩で、近鉄を退職された後は同志社高校ラグビー部の指導に当たられた。その期間、なんと46年。同志社高校ラグビー部の歴史はちょうど100年なので、ほぼ半分の期間、指導に当たられたことになる。
しかし、松尾先輩の素晴らしいところは、その長さにあるのではなく、指導を受けた全員が深い愛情を感じ、いつしか敬慕してしまう、そのお人柄にあったと思う。4人の先輩、後輩が代表してお別れの言葉を述べた。
同じプロップで1年後輩にあたる澁谷先輩は「なんで、そんなに急いで天国へ行ったんや!」と松尾先輩を叱り付けるようにおっしゃった。その瞬間、会場は静寂に包まれたが、その直後から、すすり泣くような音があちらこちらから聞こえてきた。私も、澁谷先輩の言葉の中に深い哀惜を感じ、思わず涙してしまった。
同級生の中村さんは、「おい、過分!」と松尾先輩に綽名で呼び掛け(先輩は頭が大きかったので、「二分の三」とか「過分」と呼ばれていた)、面白いエピソードを披露された後、最後は「寂しいからと言って、あんまり早く俺のことを呼ぶなよ」というジョークで会場を笑わせたが、やはり中村さんの厚い友情を感じ、心がポカポカしてきた。
花園に出場された学年の中村先輩は、「今で言う体罰を私たちは松尾先輩から受けた筈だが、ご本人は、『そんなんしてへん』と絶対に認めなかった」とおっしゃり、その瞬間、会場に笑いが起こった。全員が多かれ少なかれ体罰を受けている。そして今、全員が感謝しているのだ。
最後に立った後輩の嘉住君は、松尾先輩が「本気で殴った」と唯一認められた男だ。何とかしなければ、という松尾先輩の愛情が鉄拳になったのだろう。その愛情にきちんと応えた嘉住君の言葉には松尾先輩への感謝や敬意、愛情がぎっしり詰まっており、本当に聴き応えがあった。
松尾先輩が亡くなられる3日前、病床の先輩はそれまでになく弱気だったという。何とか励まさねばと思った嘉住君は松尾先輩にこう言ったという。
「今、三途の川を渡ったら、向こうでスクラム1000本組まされまっせ!」
松尾先輩はそれを聞いて笑みを浮かべると、こう答えられたらしい。
「それは、いややなぁ」
あのスクラムの鉄人、松尾先輩をしても、さすがにスクラム1000本はいやだったと見える。
合掌。
(10才の同志社小学校ラグビー部員から80才の長老OBまでが参列)

