なかなか面白い。


「嘘」について書かれている。


嘘は悪だ、と言うときの判断基準は「善悪の物差し」だが、もう一つ「必要か不必要か」という物差しがあると著者は言う。前者は宗教的な物差し、後者は政治的な物差しだ。なるほど。


宗教が根付いているキリスト教国では「嘘は悪」で、この判断基準が揺らぐことはない。ただ、嘘は悪だが、「必要な嘘がある」という必要悪の概念があるというのだ。これに対し、日本では「嘘は悪」と最初は言いながら、「必要な嘘」があると、「必要ならその嘘は善だ」というように必要悪の概念が抜け落ちてしまう。


著者はこれを「売春」にも当てはめる。

売春は悪で、日本には売春防止法という法律がこれを禁じているが、世界には売春の必要性を認めている国がある。いわゆる「必要悪」だ。しかし、日本人はこの「必要悪」が理解できず、「必要だと認められているのだから善の存在なのだ」とばかりに堂々とその種の場所に繰り出す。悪事を働いているという意識からコソコソ行くのならまだしも、堂々と行くから顰蹙を買う。


実に分かり易い例え話ではないか。

家庭でも学校でも、はたまた職場でも耳を疑いたくなるような事件が起こるが、確かに日本人にはこの「善悪の物差し」が欠落しているかも知れない。



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