ラグビーではゲーム終了のことを「ノーサイド」と言う。


激しく、全力を尽くして戦った後は敵も味方もない、同じラガー仲間や、という精神から来ていると教わった。教わったけれども、なかなかそうは思えない時期が長かったというか、現役の頃は「相手のチーム次第」という気持ちが強かったようにさえ思う。汚いプレーをする選手を許せなかったし、勝って驕るチームは嫌いだった。


最近、やっと分かり始めてきたのは、ラグビーという競技には「ノーサイドの精神」を準備しておかないと収拾がつかないということだ。ノーサイドの精神と教えがあるから、何とかゲーム終了後も自分をコントロールできた・・・そう思っているのは私だけではなく、対戦相手もそうだったと思う。痛み分けの精神とも言えるだろう。


同じように、ラグビーではレフェリーが絶対だが、これもレフェリーを絶対にしておかないと収拾がつかない、ということだろう。ラックの下敷きになって身体を踏まれ、ボールはあっちや、コノヤロー、お前、エエ加減にせえよ、とその足を掴んでいたら、レフェリーに「寝ていてプレーしちゃいかん」と叱られた。あの時は相手の選手よりレフェリーを憎く思った。この感情を抑えるには、レフェリーを絶対にするしかない。


先日、「ラグビーは紳士のスポーツじゃないの?」と聞いてきたS太郎少年の言葉がその後も頭の中を駆け巡り、ラグビーを考える日々が続く。